少し古い話なのですが。
「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」
こういう「内容がぶっとんだ」スパムメールが飛び交った時期がありました。
昔、受け取った人も多いのでは。
また、
「今すぐに連らくをください。あなたは10満ドルの権利をかく得しましたが、政附に払う手続き料金が未納です」
といった、”誤字脱字を含む下手くそな文章”も、スパムメールの1つのパターンのようです。
このような奇妙な内容や誤字脱字だらけのスパムメールを受信トレイで見つけたとき、人々はどう反応するでしょうか?
おそらく「こんなメールに誰が引っかかるんだよ」と一笑に付すことでしょう。
しかし、この稚拙な文面の裏に、意外に緻密な計算が隠されていたようです…。
※当記事の内容は、スパムメールの戦略の巧みさを称賛するものではありません。 「こんなことからでも学べることがあるのではないか」という考えのもとで、題材として取り上げています。 |

「わざと稚拙さを装ったメール」には、主に2つのパターンがあります。
<荒唐無稽な内容>
「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」といった意味不明な内容のスパムメール。
海外で仕事をしていた夫が帰らぬ人になった、という身の上話が綴られ、寂しいから話し相手になってほしい、的なことが書かれていた模様。
一見して非常識な内容で、多くの人が即座に怪しいと見抜けるようなものです。
<誤字脱字を含む下手くそな文章>
「あなたは当線しました」「ぜひお困りください」「明日、ふり混みます」など、不自然な誤字脱字や稚拙さ、おかしな表現や文法ミスが散見されるもの。
これらはいずれも「杜撰(ずさん)」に見えますが、実はわざとです。
誤字脱字や文法ミス、そして荒唐無稽な内容は、送信元が無能だからではなく、意図的なもの。
背後には、合理的な戦略があるらしい。
いったい何を狙っていたのでしょうか。
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通常のビジネスでは「見込み客にアプローチする」ための工夫をしますが、スパムメールの送信者たちは逆のアプローチを取っています。
彼らは「見込みのない人を遠ざける」ために、わざと不自然で怪しいメールを送るのです。
- 文章をきちんと読む人
- 細かな不審点に気づく人
は、おかしなメールを受け取ったらすぐにおかしいと気づきます。
そして、おかしいと気づく人が大多数です。
送信者からすると、そのような(大多数の)人々はターゲットになりません。
「おかしいと気づく人」とやり取りしても時間の無駄。
そこで彼らは、最初から「騙されにくい人」を除外しようとします。
それが、「わざと稚拙さを装ったメール」です。
こうしたメールを見ておかしいと思う人は、さっさとメールを削除するでしょう。
でも、おかしいと思わない人は、反応します。
スパムメールの送信者が意図するような「おかしいと思わない人」は、1万人に1人か、10万人に1人くらいしかいないでしょう。
逆に、1万人に1人か、10万人に1人くらいの確率で、「おかしいと思わない人」がいるということになります。
このほんの一握りの人にアプローチできれば、彼らのもくろみは達せられる。
ごく一握りしかターゲットにならないので、それ以外の人がやって来るとかえって損(対応する時間が無駄になる)になってしまいます。
そこで彼らは、「わざと稚拙さを装ったメール」を多量に配信し、無関係の人を遠ざけようとしました。
そして1万人に1人か、10万人に1人を効率的に選別しようとしました。

繰り返しになりますが、当記事は、スパムメールの戦略の巧みさを称賛するものではありません。
こんなことからでも学べることがある、という考えのもとで、題材として取り上げています。
▽
さて、多くのビジネスでは、
「来てほしい人(ターゲット顧客)に来てもらうための工夫」
に注力しがちです。
しかし、視点を変えてみると…。
「来てほしくない人(ターゲットでない人)が来ないような、遠ざける工夫」
も、これはこれで効果的かもしれません。
来てほしくない人を遠ざけるのは、限られた経営資源(労力や時間や資金)をうまく使うための方策です。
たとえば
- 先ほどの例では「稚拙でおかしな文章」という「フィルター」を使い、批判的思考力を持つ人々を排除しています。
- 高級レストランが「ドレスコード」を設けるのは、特定の雰囲気を求める顧客層に集中するための工夫です。
- 専門的なB2Bサービスが業界用語を多用した説明文を使うのも、一般消費者ではなく業界のプロフェッショナルに焦点を絞るための選択かもしれません。
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先ほどの例では「稚拙でおかしな文章」という「フィルター」を使って顧客が選別されました。
誤字脱字や荒唐無稽な内容という「フィルター」を設けることで、批判的思考力を持つ人々を排除しています。
あなたのビジネスでも「フィルター」を設けることで、リソースの無駄遣いを防げるかもしれません。
フィルターの例:
- 価格設定(真剣な人だけが購入する)
- 複雑な申し込みプロセス(安易な問い合わせを減らす)
- 特定の専門知識を前提とした製品説明(真剣な顧客だけが理解できる)
- 厳格な返品ポリシー(頻繁に返品する顧客を遠ざける)
ただし、これらの「フィルター」は、理想的な顧客にとってはフィルターと感じられないものであることが重要ですね。
肝心の「来てほしい人(ターゲット顧客)」まで遠ざけてしまっては意味がありません。
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「すべての人に気に入られようとすると、誰にも気に入られない」という言葉があります。
ビジネスにおいても同様です。
奇妙なスパムメールを見かけたとき、「こんなメールに誰が引っかかるんだよ」と笑う前に…。
- あなたのビジネスは「すべての人」を顧客にしようとしていませんか?
- あなたにとっての「最適な顧客」は誰で、どうすれば効率的にその人たちにリーチできるでしょうか?
- そして、どうすれば、「来てほしくない人(ターゲットでない人)」が来ないようにできるでしょうか?
今回はスパムメールという極端な例を挙げましたが、「来てほしい人だけを選別する」という考え方は、多くのビジネスに応用できる考え方でもあります。

AI時代の「ターゲット選別」
「稚拙に見える戦略の裏に緻密な計算がある」
この考え方を、AI時代に沿った新たな形で展開してみましょう。
たとえば、専属AI(インハウスAI)を活用したカスタマーサポート。
従来のAIチャットボットは「完璧な日本語で応対する」ことを目指してきました。
しかし、これは本当につねに最適な戦略でしょうか?
あえて「ぎこちない」会話を設計することで、より効果的なコミュニケーションが実現できたりしないでしょうか。
たとえば、あるネットショップで、外国人観光客向けのチャットボットを「日本語を勉強中の外国人キャラクター」として設定したとします。
完璧な日本語ではなく、時にはカタカナを多用したり、文法が少し不自然だったりする返答をするように設計するのです。
これにより、
- 利用者は「完璧な対応」を期待せず、より寛容な態度でコミュニケーションを取るようになる
- むしろ「一生懸命対応してくれている」という好感を持ってもらえる
- 外国人観光客も「自分と同じように日本語を学んでいる存在」として親近感を持ってくれる
かもしれません。
また、分身AI(アバターAI)を活用する際も、必ずしも「完璧な分身」を目指す必要はありません。
たとえば、商品説明の分身AIに「新入社員キャラクター」の設定を与えることで、顧客からより多くの質問や意見を引き出せる可能性があります。
「わかりやすく説明しようと一生懸命な新人」という設定により:
- 顧客は気軽に質問できる
- 商品についての具体的なフィードバックをより多く得られる
- そのフィードバックを商品改善に活かせる
かもしれません。
AIの「完璧さ」にこだわるのではなく、むしろ「意図的な不完全さ」を戦略として活用する。
そんな発想の転換が、小規模ビジネスならではのユニークな価値を生み出す可能性があります。
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先ほどのスパムメールの例では「わざと稚拙に見せる」ことで、特定のターゲットを効率的に見つけ出していました。
同様に、AIを活用する際も、必ずしも「万人に完璧」である必要はありません。
むしろ、「特定の層に刺さる」設計のほうが、スモールビジネスには適している場合も多いのです。
私たちは「AIだから完璧でなければ」と思いがちです。
でも、実は逆なのかもしれません。
AIだからこその「意図的な不完全さ」という戦略もありうる。
そう考えると、AI活用の発想の幅は、今以上に広がりそうです。