私たちは今、AIという新しい"鏡"を手に入れました。
この鏡は、これまで気づかなかった社会の課題や、見過ごされてきた人々のニーズを映し出してくれます。

最近、興味深い報告を受けました。
ある学習塾の経営者の方から、「ChatGPTが導入されてから、生徒たちの学習行動に変化が現れた」という話でした。
その変化とは、普段は質問をあまりしない生徒が、ChatGPTには積極的に質問するようになったというもの。
特に、基礎的な内容について顕著にその傾向が見られるとのことでした。
なぜこんな現象が起きるのでしょうか。
答えは明確です。
AIだと「バカにされない」からです。
「こんな基本的なことも分からないの?」という顔をされる心配がない。
怪訝な表情を浮かべられることもない。
どんな質問にも、AIは真摯に、判断することなく答えてくれます。
この話を聞いて、私はハッとしました。
つまり、私たち人間の教師は、無意識のうちに生徒に対して「質問しにくい空気」を作り出していたのかもしれません。
表情の変化、ため息、わずかな間…。
そうした微細なサインが積み重なって、生徒たちの心に「見えない壁」を築いていたのです。
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この現象は教育現場だけの話ではありません。
カウンセリングの世界でも、似たような報告が相次いでいます。
人間のカウンセラーには相談できない悩みでも、AIなら相談できるという人が増えているようです。
これも同じ構造でしょう。
判断されることへの恐れ、恥ずかしさ、相手に迷惑をかけてしまうのではないかという遠慮…。
私たちが当たり前だと思っていた人間関係には、実は多くの「見えない壁」が存在していたのです。
さらに注目すべきは、「繰り返しの質問」という現象です。
生徒の中には、同じ質問を何度もAIにする子がいるといいます。
人間の教師に対してだと、何度も同じことを聞くのは申し訳ないと思ってしまう。
でも学習には、時には繰り返しの質問が必要なこともあります。
ここにも、人間関係特有の心理的障壁があったのです。

AIの登場は、私たちに重要な問いを突きつけています。
「なぜ人間には相談できないのか」
「なぜ人間には質問しにくいのか」
「私たちは、いつから相手を『判断する存在』になってしまったのか」
これらの問いに向き合うことは、決して人間の価値を貶めるものではありません。
むしろ、より良い人間関係を築くためのヒントを与えてくれるのです。
AIが可視化してくれた「見えない壁」の存在に気づいた塾の先生は、自分の指導方法を見直し始めました。
生徒が基礎的な質問をしたとき、「そんなことも分からないの?」という表情を浮かべないよう意識するようになったといいます。
質問しやすい環境づくりの重要性に気づいたのは、人間の先生です。
AIは課題を可視化してくれましたが、その課題に気づき、改善しようとしているのは人間なのです。
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AIと人間の関係性を考えるとき、私はよく「鏡」という言葉を使います。
AIは、私たちの社会や制度、そして人間関係の「見えない課題」を映し出す鏡です。
そして私たち人間は、その鏡に映った課題に向き合い、より良い未来を作っていく役割を担っています。
「見えない壁」の存在に気づくことができたなら、その壁を取り除くこともできるはずです。
AIの登場によって見えてきた課題の数々は、私たちがより良い社会を作っていくための貴重なヒントなのかもしれません。
判断しない、受け入れる、繰り返しを許容する…。
AIから学ぶべきことは、案外たくさんあるのです。
そして何より、AIと人間それぞれの得意分野を活かした協力関係こそが、これからの社会に必要なのではないでしょうか。
AIが映し出してくれた「見えない壁」を一つずつ取り除いていく。
そんな地道な作業の中に、人間とAIが共に歩む未来への道筋が見えてくるのだと思います。